読んだ本がおもしろかった

急にふつうの日記を書きます。
最近読んだ本がおもしろかったという話。

供述によるとペレイラは… (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

供述によるとペレイラは… (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

タブッキは『インド夜想曲』が好きなのだけど、他の作品はあまり読んでなくて、読みたいなあとぼんやり思っていたところ、待ち時間が長いことが分かっている病院に行く前に寄った本屋でたまたま目について買って読んでみた。
すごくおもしろかった。久々に「おもしろかった!」と手放しで思える本だった。
舞台は1938年のポルトガルリスボン。40代の冴えない新聞記者の男がペレイラが、ある若い男性、そしてそのガールフレンドと出会ったところから、少しずつ予期せぬ方向に人生が変わっていく話。日常が淡々と語られ、それでいて展開はドラマチックで、引きこまれて一気に読める。

人間にとって生きるとはどういうことなのか、そして死とは、人間をほかの人間に結ぶ連帯とはどういうことかといった本質的な問題を、社会における市民の政治責任に絡めて書いた作品だ。(訳者あとがきより)

ということで、テーマとしては重いのだけど、語り口は軽やかですっと入ってくる。
おもしろさはいろいろあるのだけど、その中でも「微妙さ」がきっちりと描かれいるところがとてもよかった。主人公の気持ちの、「これ」と定まらない微妙さがそのまま映し出されている。強固な信念があるわけじゃない、できれば波風立てずに生きたい、好きなことをしていたい、でも譲れない理念もある、正義感もある、新しいことをしたい、でも今までの生活も維持したい、自分の思い出を大切にしたい、でも未来も見たい。主人公の持つこういった思いは、すべて確固としたものではない。時には矛盾するそれぞれの思いが、コントラストを変えながら混ざり合っていく。葛藤というほど激しくない。でも確かに闘いがある。その感情の混ざり合う微妙さが、筆致としてはとても静かに書かれていた。静かさゆえにとてもリアルだった。
自分の取った行動に対し、「どうしてそういうことをしたかわからない、と供述している」という描写がよく出てくる。それがまたリアルに感じる。何かの行動に対して、はっきりとした理由があることなんて少ない。後から考えて説明をつけることはできても、その時点ではわからないことが多いし、後から考えた理屈も結局後付けにすぎない。
若い時の自分に似たところのある青年に対しても、親心のような愛情があり、若さへの憧れがあり、若さゆえのわがままさに対する苛立ちもあって、その描写もとてもよかった。いろいろな要素が微妙に混ざり合う愛情が転がっていく様子がせつなくて痛いほどだった。


なぜいきなりこのダイアリでこの感想を書いたかというと、そういう割りきれない感情の微妙さを過不足なく描写することって大事だなと思ったから。
この人はこういう信念を持っています、この時この人がこういう行動をとったのはこういう理由があるからです、と、明快に叙述することは、物事をわかりやすくするけれど、真実からは遠ざかることもある。単純化することが有効な場面ももちろん多いけれど、感情を描写するには不十分だなと。そういうことを思ったので、書きとめておきたかった。わたしが作家のような描写ができるわけではないけれど、気には留めておきたい。


本の最後のページの日付に「1993年8月25日」とあったのも「おおお!」と思ったポイント。裕翔くんの誕生日と近い!93年の8月にわたしの好きなものがいろいろ生まれている!!と興奮する。のと同時に、これ書かれたの結構最近なんだなとびっくりする。舞台が30年代だからもっと昔の作品のような気がしていた。